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       日が沈み夜の象徴である月が天高く輝く頃、ここパプニカの町ではあるお祭りが開催されていました。 
       
       
      今宵の祭りの主役は子供たち     。 
       
       
      普段は両親から夜更かし禁止!と言われている子供達ですが、今夜だけは特別。 
      皆この日の為に両親が用意してくれた衣装を着、手には何やら黄色い物を大事そうに抱えて夜の町を歩いています。 
       
      この黄色い物体、少々見た目は不気味ですが、真っ暗な闇の中、ぽぉ…と柔らかなオレンジの光を放ち子供達を優しく照らしてくれていました。 
       
       
       
         そう、この日は秋の収穫を祝って、パプニカではハロウィンのお祭りが開催されていたのです。 
       
       
       
      そんな子供達が持つ柔らかなランタンの光を、町が一望できる丘の上に建てられたお城から眺めていたのはヒュンケルでした。 
       
       
       
      今日の仕事を終え自室へと戻ってきたヒュンケルを迎えたのは、大きなかぼちゃのランタンでした。 
      誰かがヒュンケルの為に置いていってくれたのでしょう。 
      この大きなかぼちゃのランタンが部屋を温かく照らしてくれていました。 
       
      更に部屋の開け放たれた窓からはパプニカの町全体がよく見え、子供たちが持つランタンの優しい光がパプニカの夜を一層美しく彩ってくれています。 
       
      そんな光をしばらく眺めていたヒュンケルでしたが、突然部屋をノックする音が聞こえたかと思うと、声をかける前に扉が開き、見知った人物が部屋に入ってきました。 
       
       
       
      「よぉー!邪魔するぜヒュンケル!」 
      部屋に入ってきたのはポップでした。 
       
      「ポップ・・・!なんだその格好は・・・」 
      「へっへー♪似合ってんだろ?」 
      部屋に入るなりヒュンケルの前でくるりと回ってポーズをとるポップは、この日変わった服を着ていました。 
       
      普段は緑を基調にシンプルな服を好んで着るポップでしたが、この日は真っ黒な布地のロ−ブを着、その上からこれまた真っ黒なマントを羽織り、頭には大きな黒いとんがり帽子を乗せています。 
       
      手には何やら星の付いたステッキを持ち、上機嫌でくるくる回るポップは「どう?どう?」とヒュンケルからの反応を待っている様です。 
       
      「あ、まぁ・・・似合っているんじゃないか。」 
      「お!マジで?やっぱ俺っていえば魔法使いだろ?だからこの格好似合うと思ってたんだよなー♪」 
      「なんだそれは魔法使いの格好だったのか?」 
      「…おまえ…わかってて言ったんじゃねぇのかよ…」 
      「随分と暑苦しい格好だとは思った。」 
      「なんだよそれ…」 
      そんなヒュンケルの言葉に少々がっかりした様子のポップでしたが、すぐに元に戻ると今度はヒュンケルの目の前にずずいっと手を差し出してきました。 
       
       
      「……なんだこの手は。」 
      「なんだって…おいおい、今日はなんの日か知ってんだろ?かぼちゃに仮装とくれば…」 
      「あぁ、ハロウィンとかいう祭りなんだろ?」 
      「そうそう、だから… Trick or treat!菓子をくれなきゃ悪戯しちまうぜー?」 
      そう言うとにやりと笑うポップは、まるで少年のような顔でヒュンケルを覗き込んできました。 
       
       
      「う〜ん、悪戯すると言われてもなぁ…」 
      「なんだよこんな日になんも用意してないのか?」 
      てっきり合言葉と同時にお菓子を貰えると思っていたポップは、ヒュンケルの反応に少々がっかりした様子。 
       
      「なんにも無いって事はないだろ?ほら飴玉の一個ぐらい…」 
      「一応買って用意はしてあるのだが…お前は飴玉がいいんだな?よしそれならば…」 
      「おぉ!ちゃんとあるんじゃねぇかよ♪」 
      わくわくしながらお菓子を待つポップの掌の上に、ヒュンケルはそっと飴玉を乗せました。 
       
       
       
       
       
       
      「……おい、こりゃ一体なんだ?」 
      ポップの掌に乗せられた飴玉、それは     
       
       
       
       
       
      “これで貴方も眠気からばっちり解放☆激辛唐辛子味☆” 
       
       
       
      「ってなんだこりゃ!!おめぇなめてんのかー!!」 
      思わず怒りで手に乗る飴玉(激辛唐辛子味)を握り潰してしまったポップでしたが、ヒュンケルはきょとんとした顔で言いました。 
       
       
      「なめていいぞ、飴だからな。」 
      「ってそういう意味じゃねぇー!!」 
       
      どこかズレた所があるヒュンケルですが、これまた今回は大きくズレました。 
       
      「なんだ飴玉が欲しいと言うからやったものを…」 
      「なんだじゃねぇよ!!普通飴っていえば甘いもんだろ!?なんだってこんな激辛味なんぞ寄こすんだよ!!」 
      「飴ならなんでもいいかと思っていたのだが…。甘い物でないといけなかったのか?それなら甘納豆という物も買ってある。甘と付いているのだから甘いのだろう。これでよければ…」 
      「おーい!甘納豆ってなんだよ!?おめぇはジジイか!」 
      甘い物としては間違っていないかもしれませんが、ハロウィンに甘納豆を貰うなど聞いた事がありません。 
       
      一体ヒュンケルはどこでこの甘納豆を手に入れたのか気になりますが、おじいちゃんおばあちゃん相手なら喜ばれたかもしれません…。 
       
       
       
      「ったくもういいよ!最初っからおめぇに期待した俺がバカだったぜ!」 
      「甘納豆もだめか…それなら他には…」 
      「あーもーいいっての!!付き合ってらんねぇぜ!!」 
      「お、おいポップ…!」 
      饅頭や団子もあるのだが…と、言おうとしたヒュンケルの言葉を聞く前に、ポップは乱暴に扉を閉め部屋から出て行ってしまいました。 
       
       
      (あぁ…怒らせてしまったな…そんなつもりではなかったのだが…) 
      あのまま言葉を発していれば更にポップの怒りを買っていたかと思いますが、そうとは知らないヒュンケルは、申し訳なさそうにポップが出て行った扉を見詰め思いました。 
       
      本来ならチョコやクッキ−などがハロウィン用のお菓子として一般的なのですが、お祭り自体が始めてなうえに、お菓子とは無縁の人生を送ってきたヒュンケルにとって、「ハロウィン用のお菓子」と言われても今ひとつどんな物を用意すればいいのかよくわからなかったのです。 
       
      そのため大きな枠ではお菓子(甘味ともいう)の分類に入るものの、ハロウィン用としてはちょっと…という物が多数を占めてしまったようです。 
       
       
      (ま、後で謝っておけばいいか…) 
      出て行ってしまったものはしかたがありません。 
      謝るのは後でも大丈夫と思ったヒュンケルは、再び窓の外へと視線を移し、町の灯りを眺める事にしました。 
       
       
       
      そして再び訪れる静寂の時   。 
       
       
       
      だがそれも長くは続きませんでした。 
       
      再び扉をノックする音と共に、これまた見知った人物がヒュンケルの部屋を訪ねて来たのです。 
       
       
      「ヒュンケル…お邪魔していいかな?」 
      「…ダイ?どうしたんだその格好は…!」 
      ポップに続きヒュンケルの部屋を訪れたのはダイでした。 
       
      普段は動きやすい半袖とズボンという格好が多いダイでしたが、今日はなぜか全身毛皮に覆われている上に、頭には動物の耳のようなものを生やし、更にはお尻にもなにやら可愛らしい尻尾をくっつけていました。 
       
      「えへへ…今日の俺は狼男なんだ♪どう?似合う?」 
      「あ、あぁ…狼なのかそれは。まぁ…似合っているんじゃないか?」 
      「え!ホントに!!よかった〜!」 
      ヒュンケルの言葉に満面の笑みを浮かべて喜ぶダイでしたが、ふとある事を思い出したのか、視線をヒュンケルに向けてきました。 
       
      「あ、そうそうそれより今日は何の日か知ってる?」 
      「あぁ、ハロウィンとかいうお祭りの日だろ?」 
      「うん!そうだよ!じゃ……」 
      ヒュンケルの言葉に瞳をキラキラさせながらダイは言いました。 
      「とりっく・おあ・とりーと、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうよ?」 
       
      たどたどしい言い方でしたが、ハロウィンの合言葉を言えたダイはニコニコしながらヒュンケルに手を差し出しました。 
       
       
      「あぁ、菓子だったな。だが生憎あまり良い物がなくてな…」 
      「えーそうなの?」 
      勇者といえどもまだまだ子供なダイは少々残念そうな声を上げました。 
       
      「数としては何種類か用意してあるのだが、あまり歓迎されない菓子だったようなんだ…」 
      「歓迎されないお菓子?それってどんなお菓子なの?」 
      「ん…例えばこの飴玉や甘納豆、さっきポップにやろうとしたら激怒されてしまった…」 
      そう言うと先程ポップに見せたのと同じ飴玉(激辛唐辛子味)と甘納豆をダイに見せてくれました。 
       
      「えー!飴玉や甘納豆って俺大好きだよ!なんでポップ怒っちゃったんだろう…」 
      「わからん…。両方苦手だったのかもしれん…」 
      どうしてポップが怒り出してしまったのか、ヒュンケルと同じぐらいハロウィンの意味を理解していないダイにはわかるはずもありません。 
      2人揃ってただ首を傾げるばかりです。 
       
       
      「まぁ、ポップはいいとして…。ダイ、もしこれでよかったら沢山あるからおまえにやろう。」 
      そう言うと机の引き出しから大量の飴と甘納豆を取り出すヒュンケル。 
       
      「え!本当に!わーありがとう!!他には何があるの?」 
      「そうだな…大福や饅頭なんかもあるぞ。」 
      「わぁ〜大福も饅頭も俺大好きだよ!」 
       
      ハロウィンらしからぬ菓子を次々と貰い喜ぶダイは、『お菓子を貰える日』としか理解していない為、それが甘納豆だろうが大福だろうが、それがお菓子の仲間なら細かい事など気にもしません。 
       
      こうして両手いっぱいの甘納豆と大福、飴に饅頭を貰ったダイはご機嫌でヒュンケルの部屋を後にしました。 
       
       
       
      そして三度訪れた静寂の時   。 
       
       
       
      町を彩る優しい光が一層輝きを増す頃、再び訪問者を告げるノックの音が室内に響き渡りました。 
       
       
      「   ヒュンケル?入るわよ!」 
      「…姫!どうされたのですかその格好は…!」 
      本日3人目の訪問者はヒュンケルの主君でもあるレオナでした。 
       
       
      「うふふ〜♪どう?似合ってるでしょ?」 
      ポップやダイに続き、レオナもこの日変わった服を着ていました。 
       
      普段は王女に相応しい優雅で上品なドレスを着ている事が多いレオナでしたが、この日はなんと全身黒尽くめのパンツスーツに、白いカッターシャツ、更には頭に黒いシルクハットを被り、にっこり笑う口元からは可愛い小さな牙のような物が見え隠れしています。 
       
      「今日の私はドラキュラ伯爵よ♪たまにはこんな格好も良いかしらv」 
      「はぁ…、とてもよくお似合いかと…」 
      「あら本当?それはありがとう♪って、そうそう、それよりも今日はなんの日か知ってるわよね?」 
      褒められご機嫌なレオナをよそに、本日三度目になる質問にヒュンケルは無言で頷きました。 
       
      「勿論、ハロウィンの祭りなのでしょ?」 
      「ピンポ−ン!じゃ、この呪文の意味も知ってるわよね?Trick or treat!お菓子をくれないといたずら…」 
      「姫!ここにある全ての菓子をどうぞお持ちください!」 
      レオナが呪文を言い切る前にヒュンケルはありったけのお菓子を掻き集めると、レオナへと差し出しました。 
       
      「え?はぁ?なに?」 
      突然のヒュンケルの行動にレオナは目をぱちくりさせて驚いています。 
       
      ですがそんなレオナに気付かないヒュンケルは、尚も切羽詰ったかのような口調で言いました。 
       
      「これでいいでしょうか?それともまだ足りませんか?」 
      「あ、いや足りるも何も…急にどうしたのよヒュンケル…」 
      「そうですか、足りませんか…。足りなければ明日にでも追加でご用意致します、ですからどうか…どうか…」 
      「えぇ?どうか…どうか何よ?」 
      これから大魔王と対峙するかという程真剣な表情でヒュンケルは言いました。 
       
      「どうか悪戯だけはしないでください」 
       
       
       
      ・・・・・・・・・・・・・・・ 
       
       
       
      たっぷり数分は時が止まっていたでしょうか…。 
       
      最初は言われた意味が理解できなかったレオナでしたが、段々とヒュンケルの言った意味を理解するにつれ、真っ赤な顔で怒り出しました。 
       
      「し、失礼しちゃうわね!そんなに必死になるほど私の悪戯が怖いわけ!?」 
      目をきりきりと吊り上げ怒るレオナに対し、ヒュンケルは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまいました。 
       
      あの大魔王を前に、臆する事無く立ち向かっていったヒュンケルをもってしても、レオナ姫の“悪戯”ほど恐ろしいものはないのです。 
       
       
      「あーそう!貴方の私に対する気持ちがよ〜くわかりました!ホント不愉快だわ!」 
      固まったまま動かないヒュンケルをもう一度睨みつけると、怒り心頭といった表情で部屋を出て行こうとするレオナ。だがその腕にはしっかり貰ったお菓子が抱えられていました。 
       
      「あ!姫!お、お待ってください!」 
       
       
      バタン!!! 
       
       
      ポップが出て行った時以上に乱暴に閉められた扉を見て、ヒュンケルはその場でがっくりと項垂れてしまいました。 
       
      「や、やはり菓子の量が少なかったのがいけなかったのだろうか…」 
      レオナを怒らせてしまった事を深く反省するものの、かなり的外れな事に気付かないヒュンケルは、なんだか疲れを感じ今日はこのまま休む事にしました。 
       
      だがそんな時、本日4人目の訪問者を告げるノックの音が室内に響きました。 
       
       
       
      「ヒュンケル…今いいかしら?」 
      「マァム…!どうしたんだその格好は!」 
      少々遠慮気味に室内に入って来たのは、ヒュンケルの恋人であるマァムでした。 
       
      「今日のお祭りにってレオナが用意してくれたの。」 
       
      そう言ってくるりと回るマァムの姿といえば、黒の丈の短いタンクトップとミニスカ−トにロングブ−ツを履き、頭にはポップが被っていたのと同じとんがり帽子を被り、手には星の付いたステッキを持っていました。 
       
      「魔女の格好らしいんだけど、どうかしら?」 
      「あぁ、よく似合っている。」 
      「本当?ありがとう。でもこの服動きやすくていいけど、今の季節にはちょっと肌寒いかも…」 
      そう言うと手に持っていたマントを羽織るマァムは、魔女というよりもまるで小悪魔のような可愛さと色気を醸し出していました。 
       
       
      「ハロウィンでは子供たちが皆こういった仮装をしてお菓子を貰いに行くそうね。」 
      「あぁ、そうみたいだな。」 
      「…私…もう子供って歳でもないけど、折角のお祭りだしいいわよね?…Trick or treat!お菓子をくれないと悪戯しちゃうわよ?」 
      そうにっこり笑って合言葉を言うマァムに、ヒュンケルの頬も自然と緩みます。 
       
      「そうだったな、今日はその言葉を言われたら菓子をやらねばならなかったな。」 
      「うふふふ、何を貰えるのかしら?」 
      「ちょっと待っていてくれ。」 
      そう言うとお菓子を取りに行こうとしたヒュンケルでしたが、はたとある事に気が付きました。 
       
       
      (そ、そういえば菓子はさっき姫に全部渡してしまったんだった…!) 
       
       
      そうなのです。先程ヒュンケルの部屋を訪れたレオナの「悪戯しちゃうわよ」の言葉にびびったヒュンケルは、今日の為に買っておいたお菓子を全て彼女にあげてしまっていたのです。 
       
       
      「…す、すまんマァム…。菓子は用意してあったのだが、さっき来た姫に全て渡してしまって今ないんだ…」 
      「あら…!そうなの?」 
      理由を話し申し訳なさそうにしているヒュンケルに、マァムは小悪魔らしい可愛い笑顔で言いました。 
       
       
      「じゃー悪戯してもいいのよね?」 
      「え?」 
      「だって今日はそういう日なのでしょ?」 
      マァムから悪戯などという言葉を聞くとは思ってもいなかったヒュンケルは、一瞬驚いた表情をしましたが、すぐにマァムが何を考えているのかに気付きました。 
       
       
      「はは、それはお手柔らかに頼むよ。」 
      「ふふふ、じゃー目を閉じて   」 
       
      そうマァムに言われ目を閉じたヒュンケルの唇に、柔らかくて温かなものが触れたかと思うと、それはすぐに離れていってしまいました。 
       
       
      「マァム…」 
      「うふふふ///今のが悪戯♪びっくりした?」 
      照れ隠しなのか、恥ずかしそうに頬を染め笑うマァムに、ヒュンケルは胸がカッと熱くなるのを感じました。 
       
       
      「…こんな悪戯ならいつでも大歓迎だ…」 
      たった今己に触れた唇の感触を思い出しながら、ヒュンケルは目の前に立つ愛しい少女をその広く逞しい胸へと抱き寄せました。 
       
      「あ!ヒュ、ヒュンケル!?」 
      「マァム…ありがとう…」 
      そう耳元で甘く呟くと、とたんにマァムの顔が真っ赤に染まりました。 
       
      「な、なによ!さっきのは悪戯なのよ?///」 
      「それでも…嬉しかった…」 
      「も、もう…///」 
      恥ずかしさのあまりヒュンケルの胸に顔を埋めてしまったマァムでしたが、ヒュンケルがそっと頬を包むと、おずおずと顔をあげ潤んだ瞳でヒュンケルを見詰めました。 
       
       
      「マァム…」 
      「ヒュンケル…」 
       
       
      互いの姿だけを瞳に映した若き恋人たちは、どちらからともなくゆっくりと近づくと、今日二度目の口付けを交わし、そのままそっと重なるようにして夜の闇へと溶け込んでいきました。 
       
       
       
       
             『Trick or treat!』お菓子をくれないといたずらしちゃぞ!        
       
       
       
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