麗らかな昼下がり、春の風が吹き込む窓際近くの机で、ダイは熱心に勉強に打ち込んでいた。
数ヶ月前まで生死をわけるほどの戦いをしていたのが嘘のように平和になったここパプニカで、未来の国王(※レオナ曰く)になるべくダイは毎日勉強に励んでいるのだ。
だがそんな平和な日常に、悪夢が訪れようなど今のダイには知る由もなかった。
「…なぁ、姫さん…やっぱりやめとかね?」
「なに言ってんのよ!ここまできたんだからやるに決まってるでしょ!!」
「でもよ……」
ダイのいる部屋の扉の前で、2人の男女がなにやらボソボソ言い争いをしている。
「絶対可愛いに違いないんだから、見なきゃ損よ!」
「いや、まぁー確かに貴重なもんだと思うけどよー」
「じゃ、ポップ君は来なくていいわ。私だけ楽しんじゃうんだから!」
そう言うとレオナはポケットから小瓶を取り出した。
実はこの小瓶に入った液体、性別を逆にしてしまうという驚異の薬だったりする。
先日ポップで試したこの薬の効果に大満足だったレオナは、今度は別の人物に試してみたいと考え、既に次なるターゲットを決めていたのである。
今度のターゲットは彼女が愛してやまない小さな王子様・ダイ 。
普段でも可愛いくて愛しくてたまらないのに、それが女の子になったら一体どれほどの可愛さなのか!
それを考えただけでレオナの頬は紅く染まり、どくどくと早鐘を打つ胸の鼓動を押さえられないでいた。
(もう絶対!!ミラクルス−パ−キュ−トなダイ君になるに違いないわ!!)
興奮して鼻息も荒いレオナと、やれやれと言いつつ内心ダイの変化に興味があるポップとがタッグを組み、今こうして扉の前にいるというわけだ。
「とりあえずこの紅茶に薬を入れてっと…」
ダイの休憩を見計らって2人が持ってきた紅茶に例の薬を流し込むと、コンコンとノックをし室内へと入っていった。
「あれ?レオナとポップどうしたの?」
室内に入って来た2人に気付いたダイが、ペンを握る手を休め2人へと視線を移す。
「えっと、ダイ君も勉強で疲れてるかと思って、紅茶持ってきたの!そろそろ休憩しない?」
「そんなに根つめてやってると、疲れるだろ?ちょっとは休憩しろよな。」
そう言うと持っていたティ−カップを机に置き、ダイをお茶へと誘う。
「わぁーありがとう2人とも!丁度疲れたなって思ってたとこなんだ!」
2人の登場と紅茶の用意にお疲れモードだったダイは、すっかり機嫌を良くし、レオナが用意してくれた紅茶を一口飲んだ。
「……なんかこの紅茶いつもと違うね…茶葉変えたの?」
1杯目を飲み終え、いつもの紅茶と何かが違うと言いだしたダイに、2人は一瞬ドキリとした。
「え!?そ、そうね!今日はちょっといつもと違う茶葉だったような気がするけど…でも美味しいでしょ??」
「うん!なんかいつもより甘くて…でもさっぱりした後味で美味しいよ!」
そう言うと2杯目を要求するダイに、レオナは内心冷や汗ものだったがいつもの笑顔でなんとか乗り切った。
こうして薬を飲ませる事に成功した2人は、「ダイ君の勉強の邪魔になるといけないから〜」なんて言い、そそくさと部屋から退散してしまった。
「なにもそんなにすぐに出て行かなくってもいいのに…」
部屋に1人残されたダイが、不満そうに2人が消えた扉に向かってぽつりと言葉を漏らしたが、「あの2人も忙しいんだろうなーきっと。」などと思い再び机へと向かった。
忙しいどころか、暇を持て余した2人がとんでもない事を企んでいるなど、ダイには思いもつかないのだろう。
そんなダイが机に向かうこと一時間。
さっき紅茶を2杯も飲んだからか、急に尿意を催してきた。
「ちょっとトイレに行ってこよ…」
そう言い席を立つと、城内にあるトイレに向かったダイの後ろを、音も立てずにひたひたと付いてくる2つの影。
いわずと知れたレオナとポップだ。
「…おい、ダイのやつどこ行こうとしてんだ?」
「…あの方角…多分お手洗いじゃないかしら…紅茶2杯も飲んだからお手洗いにでも行きたくなったんでしょ。」
ヤモリの如く壁にぺたりとへばり付いて移動する怪しい2人には気付かず、ダイはトイレへと入っていった。
「そういえばそうとよ、あの薬どれぐらいで効いてくるんだ?」
「う〜ん個人差があるだろうけど、もうそろそろ効いてくるはずよ…」
そんな会話をしつつダイが出てくるのを待っていた2人だったが、突然トイレから悲鳴が聞こえてきた。
「うわぁぁ〜〜〜!!」
城内をも揺るがすほどの大絶叫に、2人とも飛び上がって驚いた。
「な、なに!?一体なんなのよ!!」
「ダ、ダイだ!!ダイの叫び声だよ姫さん!!」
「もしかして、もしかしちゃったのかしら…!?」
「そんなの見て見ねえとわかんねぇよ!!」
あまりのダイの絶叫に、もしかして薬が悪い意味で作用してしまったのではないか…そんな不安が過ぎったレオナだったが、兎に角急いでダイのいる男子トイレへと飛び込んでいった。
「ダイ!!大丈夫か!!」
「ダイ君!!一体どうしたの!?」
2人が駆け込むと、そこには床にぺたりと座り込んだダイがいた。
「ポ、ポップ〜、レオナ〜〜!!」
2人の姿を見るや瞳をうるうるさせて今にも泣き出しそうな様子のダイ。
「おいおい!何があったかわかんねぇけど、そんな泣くなって!!」
「そ、そうよ!落ち着いてなにがあったか話してちょうだい?」
なんとか落ち着かせようとする2人だったが、ダイの瞳は潤む一方だ。
「ポ、ポップ〜お、俺の…俺の…」
「うん、うん、なんだ?どうした?」
「お、俺のオ○ン○ンがなくなっちゃったんだよーー!!」
そう叫ぶとワァ−!と泣き出してしまった。
そんなダイをぽかんとした表情で見詰めるレオナとポップ。
………『ナニ』がなくなったという事は…
今ダイの身体は女へと変わったという事 。
(ひ、姫さん…薬はちゃんと効いたみたいだな…)
(えぇ…ちょっと最初はびっくりしたけど効いてくれたようね…)
そんな事をコソコソと喋りつつ改めて女へと変わったダイをしげしげと眺めた。
ぱっちり大きな瞳に涙で濡れた長い睫。
ぷにぷにと柔らかそうな桃色の頬と小さな口と鼻。
まだあどけなさが残った顔立ちに、少女特有の幼さと愛らしさが加わり、ギュッと抱き締めてしまいたいほどの可愛さだ。
「あぁ〜んvvダイ君すっごく可愛いわ〜!!」
そんなダイの可愛さに、レオナは我慢ができなくなり飛び付いた。
「わっわっ!突然なにレオナ!!」
自分のナニが無くなりシクシク泣いていたのに、レオナは心配してくれるどころか突然抱き付いてくるなんて…
びっくりしたダイは、その大きな瞳を更に大きくしてレオナを見た。
「だってだって!!女の子になったダイ君がこんなにも可愛くなるなんて想像以上だったんだもん!!」
可愛過ぎて食べちゃいたいぐらい!などと言いながら、ぎゅうぎゅう抱き締めてくるレオナに、なにか自分に関する事で理解できない事を言われたような気がした。
(なんか今俺が女の子とかなんとか言わなかったっけ……)
“女の子になったダイ君…”
ダイの耳がおかしくなければそう聞こえたはずだ。
「ねーねーレオナ、女の子って…なに?」
「え?あぁ…今ね、ダイ君は女の子になったって言ったのよ。」
さらりと衝撃的事実を口にするレオナ。
「えぇー!!俺女の子になっちゃったの!?」
「そうよ〜♪ちょ〜っと性別が変わる薬を飲んじゃっただけで、身体に害はないし解毒剤もあるからびっくりしなくて大丈夫☆」
「え!そんな薬があるんだ!でもレオナが言うんなら大丈夫か…」
何故そんな薬があるのか、そして何故その薬を自分が飲まされたのか…数々の疑問が沸くはずなのに、そんな事をすっ飛ばしてなぜか感心&安心してしまった様子のダイ。
流石勇者は心が広い。
「でもなんで俺にこんな薬飲ませたの?」
ようやく疑問を口にしたダイに、満面の笑みでレオナが答えた。
「え?だってダイ君が女の子になったら、どんな風に変わるのか見てみたかったのよ。」
「それで飲ませたの?」
「えぇ!おかげでこんなに可愛いダイ君を見れて幸せよ私♪」
「ふ〜ん、そうだったんだ…」
あまり物事を深く考えない性格だからか、そんなめちゃくちゃな理由でもダイは納得してしまった。
「でも不思議な薬があるんだねー。俺はポップの魔法か何かで変になっちゃったのかと思った…」
「おーい!なんでもかんでも俺の魔法のせいにすんなって!」
すかさず突っ込みを入れるポップ。
「でも女の子になったなんてあんまり実感ないな〜ってあぁ!!」
突然何か思いついたのか、がばっと自分の胸元を覗き込むダイ。
「……女の子になんてなってないじゃないか…」
ぺたーんとなんの膨らみもない胸をみて、ダイはしょんぼりしてしまった。
「そりゃお前、元がまだ12かそこらだろ?胸なんかまだ膨らむわけねーじゃねぇかよ」
そんなダイを見てポップが呆れた声で答える。
「あ、そっか。俺はこれから大きくなるんだね!」
「そうそう。これからマァムみたいに巨乳になるか、姫さんみたいに貧乳になるか…ま、それはお楽しみって事で〜って、いだっ!!」
スパ−ン!といい音がしたかと思えば、ポップは床に叩きつけられてしまった。
「ポップく〜ん?一体誰の胸がなんですって〜?」
床に転がるポップの目の前に、優雅な笑みを浮かべたレオナが仁王立ちで見下ろしてくる。
だがその笑顔の裏側に、般若の顔が見え隠れしているのをポップは見てしまった。
「あ、いや、その〜そういえば姫さんの胸もそんなに小さくはなかったっけ…ハハハ…」
「なにそのそういえばってどういう事かしら?」
きっ!と目を釣り上げ睨みつけてくるレオナに、ポップは冷や汗だらだら状態だ。
「でも俺レオナの胸可愛くって好きだな〜」
見たことがあるのか?と、突っ込みをいれたくなるような発言をするダイに、般若だったレオナの顔がみるみる天女へと変わっていく。
「あらそう??も〜ダイ君ったら可愛い!!大好きよvv」
ぎゅっと再びダイに抱き付くレオナに、頬を赤らめ照れ笑いを浮べるダイはなんだか可愛い。
(……俺…ロリコンじゃなかったはずだけどなぁ……)
でもありかもしんねぇ…と思ってしまったポップは、相当ダイの魅力にやられている様子だ。
一通り今回の出来事に至る経路を理解したダイに、いよいよレオナは本題を切り出した。
「…ところでダイ君、折角女の子になったんだから、ちょっとお洒落してみない?」
ポップの時と同様どこから持ち出したのか、手には可愛らしい洋服を数着持っている。
「えぇーそんな服俺やだよー!いくら女の子になったっていっても、元は男なんだし…」
当然のように難色を示すダイだったが、こんな事でレオナが引き下がるわけがない。
「いいじゃない!これも記念よ記念!こんな機会滅多にないんだし…」
「う〜ん…でもなぁ…」
「ちょこ〜っとだけでいいから!ねぇ?ねぇ?お願い!」
両手を合わせて一生懸命お願いするレオナに、ダイの心は少し傾いてきた。
「…う〜ん…そんなに言うんだったら…少し…だけだよ…?」
「ホントに!!ありがとう〜ダイ君!!」
流石に一国の王女にこんなにお願いされてしまっては断りきれない。
そう思ったダイはしぶしぶレオナから洋服を受け取った。
「じゃ、早速着替えてきてね!ここで待ってるから。」
「俺も楽しみにしてるぜぇ〜」
にこにこ顔のレオナとにやにや顔のポップに見送られ、ダイは着替えの為近くの部屋へと入っていった。
「…え―…と、こんな感じでいいのかな…?」
待つ事数分、着替えが終わったダイが部屋から出てきた。
ブル−を基調にしたワンピ−スは、首元に大きな白いリボンがあり袖はふんわり膨らんだパフスリ−ブ。そこから伸びた白い腕には、金の装飾が施された高そうな腕輪をしている。
フリルの付いた白の前立ての上には小さなボタンが並び、光沢感のあるリボンできゅっと締めたウエストから大きく膨らんだフレア−は、足首まであるロング丈のためかまるでドレスのような印象を受ける。
更にくせ毛のダイの頭には、腕輪と同じ金の装飾が施された美しいティアラが乗せられていた。
「な、なんだか恥かしいね…こんな格好するの…」
ハハハ…と照れ笑いをするダイだが、くりくりした大きな瞳を向け、2人の反応を待っているようだ。
そんな可愛らしいダイの姿を見るやいなや、レオナは溜まらず叫んだ。
「なんっって、可愛いのダイ君!!」
「おー!似合ってる似合ってる!お前にぴったりじゃねぇか!」
ポップもダイの姿に大満足のようだ。
「ほんと、ダイ君って男の子でも女の子でも可愛くってたまらないわね!」
「本当だぜー。ま、今でも良いけどあと4、5年待ってからの方が俺としてはもっと嬉しいかな〜」
今でこの可愛さなのだ、あと4、5年成長すればきっと絶世の美女になるに違いない。
「美人でナイスバディ−のダイか…グフフフ…」
想像しただけで鼻の下が伸びているポップは締りのない顔でにやけている。
「ちょっとポップ君!そんな厭らしい顔で私のダイ君を見ないでくれる!?」
ポップの視線からダイを守るように抱え込んだレオナがギロっと睨んできた。
ダイはみんなのダイだろ…なんて思いながら苦笑いを浮べるポップだったが、もう一度睨んできたレオナに「わり…」と素直に謝った。
そんなポップの視線からダイを守ったレオナは、「そうそう…折角だから…」などと言い、ポケットからカメラを取り出しダイへと向け言った。
「折角だから今のダイ君を写真に撮らせてもらうわね♪」
そう言うとダイの返事を聞く前に素早くパシャっとシャッターを押すレオナ。
「その写真出来たら俺にも見せてね!」
「えぇ、勿論よ!楽しみにしてて頂戴♪」
無邪気に写真を楽しみにしているダイにレオナは笑顔で頷いた。
ポップだけでなく、ダイの写真をも何かの時に使おうと考えているレオナが、フフフと悪魔の笑みを浮かべていた事を、ダイは知らない。
「さ〜て女の子のダイ君も見れたし…今度はどうしようかな〜」
「おい、おい、姫さんまだ他の奴に試す気かよ〜」
満足したレオナの様子に、これで悪戯も終わりかと思っていたポップが呆れた声を上げる。
「あったりまえでしょ!ポップ君、ダイ君ときたなら…今度は…彼しかいないでしょ?」
その彼を想像し、ウフフフ…と怪しい笑みを浮かべるレオナに、ポップも興味をそそられた。
なんとなく次のターゲットが誰であるかわかるポップだったが、それは本人には内緒にする事にした。
(…あいつが女になるなんて想像できねぇけど…見れるんなら見てみてぇしな…)
ヒッヒッヒとレオナ同様悪戯染みた笑いを浮かべたポップは、次ならターゲットへと期待を膨らませた。
その頃パプニカ城下では、ヒュンケルが大きなくしゃみをしていたとか…。

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