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       草木も眠る丑三つ時     。  
      漆黒の闇に包まれたここパプニカの城内で、1人の少女が大きな瓶を覗き込んでいた。 
  
      ボコボコと不気味な音を立てる紫色の液が入った瓶を、満足そうな表情で見ているのはここパプニカの王女レオナ。可憐な容姿からは想像も付かぬほど今の彼女からは邪悪なオ−ラが漂っていた。  
      「うふふ…もう少しで完成ね…」 
      ゆっくりゆっくり瓶の中身を回しながらグツグツ煮る事数分、紫だった液体が透明へと変わると、用意してあった小瓶へと移す。 
        
      「ホーホッホッホッホ!!とうとう完成したわよ!」 
      謎の液体が入った小瓶を高々と掲げ、笑いが止まらない様子のレオナからは、悪魔のしっぽが出ていた事をまだ誰も知らない。 
        
      「フッフッフッフ…。これでしばらくは楽しめそうね〜♪」 
  
    この夜パプニカ城内に不気味な高笑いが響き渡った。 
  
  
「よう!姫さん、昨日は随分遅くまで起きてたみたいだなー」 
      朝食のトーストを頬張りながらポップがレオナに話しかけた。 
      「あら、そんな事ないわよー?」 
      ポップとはテーブルが違うものの、同じく朝食を食べていたレオナだったが、目の下には薄っすら隈らしきものができている。 
      きっと夜遅くまで仕事をしていたのだろう…無理はよくないぜーと一言いい、もう1枚トーストに手を伸ばすポップだったが、寸前のところでレオナからストップがかかった。 
      「待ってポップ君!今日はすっごく美味しいジャムがあるのよ!よかったら食べてみない??」 
      突然の待った発言と同時に、ずずいっとポップの目の前にジャムが入った小瓶を突きつけてきた。  
      「これねー普段は滅多に食べられない貴重なジャムなんだけど、今日は特別に食べさせてあげる♪」 
      「お、おぅ、それはありがとうよ…。でもなんで俺に…」 
      「最近ポップ君も仕事で疲れてるかと思って。遠慮しないで食べてくれていいのよ〜」 
      そう言うと、私が塗ってあげるわ!とやや強引にトーストにジャムを塗りつけてくるレオナに、少々戸惑いながらもとりあえず「ありがとう」と一言いい、ジャムの塗られたトーストを一口食べてみた。 
      「おー!確かに美味いなこれ!」 
      「でしょ?でしょ?遠慮しないでいっぱい食べてもらって構わないから♪」 
      新しいト−ストに姫自らジャムを塗るなど未だかつて見た事があっただろうか。 
      そんな普段なら怪しいと思えるレオナの行動も、予想外のジャムの美味しさに感動しているポップは気付かない。 
      食も進み気が付いたらト−ストを3枚も食べてしまった。  
      「朝から悪いな姫さん!でもあんがとよ!」 
      「いいのよそんな〜!じゃ今日も仕事頑張ってね♪」 
      お腹もいっぱいになり上機嫌で仕事へと向かうポップを、笑顔で見送るレオナ。 
      普段よりちょっぴり幸せな朝食の時間をおくれたと思っているだろうポップは、これから自分に襲い掛かってくる悪夢をまだ知らないでいた。  
      (ふっふっふ…これで後は待つだけだわ…) 
      瞳をきらりと光らせ、ポップとは別の意味で上機嫌なレオナは仕事場へと向かっていった。  
        
「……で、この書類なんだけどこことここを直してくれ。」 
      「は!了解しました。」 
      「そんな急ぎじゃねーし、今週中に提出してくれればいいからよ。」 
      そう部下に指示を与えると、ポップは次の書類へと目を通し始めた。  
      こう見えてポップは現在パプニカでも重要なポジションに就いている。 
      魔法使いとしてだけでなく、政に関しても中々に優秀な彼を、レオナが使わないわけがない。 
      今やレオナの片腕的存在になりつつあるポップは、仕事量も半端なくつい最近まで徹夜続きだった。 
      だがようやく仕事も落ち着きはじめ、今日の仕事もこの書類一枚を書きあげれば終わりだ。 
      「あーこれで終わりっとー♪」 
      最後の書類を仕上げ、軽く伸びをしていると侍女が紅茶を運んで来てくれた。 
      「ポップ様お疲れ様です。紅茶をお持ち致しましたので、ご休憩されては如何でしょう。」 
      そう言うと綺麗な絵柄が描かれた上品なカップに紅茶を注いでくれた。 
      辺りに紅茶の香りが漂い疲れた身体を癒してくれる。 
      「おぉ、ありがとな!そこに置いといてくれ。」 
      紅茶を持って来てくれた侍女に一言礼を言い下がらせると、早速紅茶を一口。 
      「はぁ〜なんか癒されるな〜」 
      鼻に抜ける紅茶の香りと、口に広がる豊かな味わいに、ついため息までもがでてしまう。 
      「ここ最近忙しかったしなーたまにはこうやってのんびりしたっていいだろう。」 
      そう言い紅茶をもう一口飲もうとした瞬間だった。 
      「…ん…?俺の服…こんなに袖余ってたか?」 
      カップを持った腕になにか違和感を感じ伸ばしてみると、なぜかぶかぶかになった袖口が掌までも覆い、指先が少ししか見えていない。 
      「あれ、おっかしいなー俺こんなでかいサイズの服持ってたか?」 
      そう不思議に思いしげしげと自分の腕を眺めている時だった。 
       
       
      コトン…… 
       
       
      っと、軽い音を立てなにかが落ちた。 
      一体なにが落ちたんだと床に目を向けた瞬間ポップの目が見開かれた。 
      「お、俺のベルト…!?」 
床に落ちたベルトを見るやいなや、ポップの顔色がサ−と変わる。 
      「な、なんでベルトが!?確かちゃんと締めたはず……!」 
      いよいよ自分の身体の変化に気付いたポップがあわあわと焦りだした。 
      「なんだってんだ急に…。俺小さくなっちまったのか?いやそれとも痩せちまったのか…?」 
      ぽんぽんと自分の身体を触り慌てるポップだったが、自分の胸を触った瞬間それは恐怖へと変わった。 
       
       
      「こ、こりゃ一体どういうことだぁー!!」 
       
       
      城中にポップの大絶叫が響き渡った。 
        
「どうしたのポップ君!!」 
      悲鳴と同時に、バ−ンと扉をぶち破らん勢いで入って来たのはレオナだった。 
      ちょっと早過ぎる気もするが、きっとポップの絶叫を聞き、マッハで駆けつけてくれたのだろう。 
      「ひ、姫さん…俺…俺…!」 
      「しっかりしてポップ君!一体なにがあったの!?」 
      腰が抜けてしまい、床にぺたりと座り込んでいるポップに駆け寄ろうとしたレオナだったが、何かの異変を感じぴたりと止まった。 
       
      「ひ、姫さん……」 
      情けない声をあげるポップの顔がどことなく丸く、頬や唇が少々ふっくらとし、潤んだ瞳は長い睫に縁取られている。 
      異変は顔だけではない。 
      体つきも以前のような男性的なものとは違い、肩幅がなくなり全体的に丸みを帯びた体形へと変わっている。 
      そしてなによりも、男性にあるまじき胸の膨らみが、小さくではあるがポップの服の上からでも確認できる。  
      「ま、まさかポップ君…お、女の子……」 
      「わぁー!それ以上言うなー!」 
      半分発狂しているポップに遮られてしまったが、今レオナの目の前にいるのは紛れもない女へと変貌したポップだった。 
      「あら本当にー!?すごいじゃないポップ君!それに女の子のきみもなかなか可愛いわよ♪」 
      「そんな事言われても嬉かねーよ!!」 
      絶望的なポップに比べ、なぜか嬉しそうなレオナがしげしげと己の身体を眺めてくる。 
       
      全体的に細身で華奢な体形は、少しでも力をいれたら折れてしまいそうな儚さを感じる。 
      いつもは寝癖なのか癖毛なのかわからない髪も、今はつやつやと輝いており、まだ幼さが残った顔のつぶらな瞳は、クリクリとしていて愛らしい。 
      黙って座っていればそれはそれは可憐で清楚な美少女といった感じだ。 
        
「ふ〜ん、結構変わるものなのねー」 
      妙に落ち着いているレオナとは対照的に、ポップは今にもキレそうほどカッカしている。 
      「なんで姫さんはそんなに落ち着いてられるんだよ!!仲間の一大事って時に!!」 
      キ−キ−とヒステリックに怒っているポップをよそに、レオナは突然ポップの胸を揉み始めた。 
      「ぎゃ、ぎゃ〜〜!!」 
      「う〜ん、若干小さめって感じね。ま、ポップ君は男でもちょっと痩せてたし、女の子になってもこんなもんかもね。」 
      「って、ど、どこ触ってんだよーー!!」 
      遠慮なしに胸を揉みまくるレオナに、ポップの堪忍袋がとうとう切れた。 
      だがそんなポップを気にする事無く、レオナは尚も楽しそうにしている。 
      「ねぇーポップ君、折角女の子になったんだし、可愛い服とか着てみたいって思わない〜?」 
      猫なで声のレオナが、これまたどこから持ってきたのか、数着の服を手にポップに迫ってくる。 
      「な、なんで姫さんがそんな服持ってんだよ……」 
      「そんな事気にしないの♪それよりそのままじゃなんだし、とりあえず着替えてみたら〜??」 
      尚も女物の服を片手に迫ってくるレオナの瞳が異常に輝いている。 
      更に悪戯を思いついた時特有の怪しげな笑みを貼り付けたレオナの表情に、もしかしてと思っていた自分の考えが、一気に確信へと変わって行くのを感じた。  
      (ま、まさかとは思ったが…こりゃ、やっぱり姫さんが…) 
      先程己の叫び声を聞いて駆けつけてくれた時の速さといい、性別が変わってしまうという一大事に、驚くよりも先に楽しんでいる様子といい、なにより計算したかのようなこの用意のよさ! 
      絶対に姫さんは何か隠している!!そう確信したポップは、ギロリとレオナを睨んだ。 
      「おい、姫さん…なんだってそんなに用意がいいんだ?…それにさっき駆けつけてくれたのも、すげー早かった。まるで外に待機してたぐらいにな…。まさかとは思うがこれは姫さんの仕業じゃ……」 
      可愛い顔からは想像が出来ないほどドスのきいた声でポップがレオナに詰め寄った。 
      「あら!なに人聞きの悪いこと言うのよ!私はなにも…」 
      「…姫さん…、俺が笑っている内に本当の事を言いなよ…じゃなきゃ…」 
      ボッ!と炎と氷を召喚したポップを見て、流石のレオナも顔色を変えた。 
      「ちょ、ちょっとメドロ−アなんて冗談でしょ!?そんなに怒んなくても…」 
      「……これが冗談を言ってるように見えるか?」 
      み、見えない…!そう言いきれるほどポップの目はマジだ。 
      「も、もうーわかったわよ!本当の事を言うからその物騒なものしまってちょうだい!」 
      本当の事を言う…それを聞いてとりあえずポップは呪文を解いた。 
      ま、いくら本気で怒ったとしても、まさか主君であるレオナにメドロ−アなんて打つはずはないのだが、彼女の胆を冷やす事はできたようだ。 
       
       
      こうしてようやく観念したレオナが、本当の事を話し始めた。 
       
       
      性別を逆にすることができる薬の事、朝ポップが食べたジャムにそれが入っていた事、最初はイライラして聞いていたポップだったが、最後の方には呆れてため息しかでなくなっていた。 
      「ったく…本当にろくな事考えねぇな、姫さんは…」 
      忙しい仕事から解放されて、久しぶりにゆっくりできると思った矢先にこの騒動。 
      本当にパプニカの若き姫君様といったら、面白い事好きの悪戯好きときたもんだ。 
      「なんつーか、もう少しその性格なんとかならないもんかねー」 
      当の本人は面白がっているのかもしれないが、それに巻き込まれる身にもなってほしい。 
      やれやれとため息を吐くポップに、ムッとした表情でレオナが言い返してきた。 
       
      「なによ失礼しちゃうわね!そんな事言うんだったらこれあーげない!」 
      そう言うと、ポケットから何やら小さな小瓶を取り出しポップの目の前で軽く振ってみせた。 
      「そ、それってもしかして解毒剤!?」 
      「そーよ!いくらポップ君だって、あんな酷いこと言われちゃ簡単には渡してあげないんだから!」 
      「そ、そりゃねーよ姫さん!!頼むからそれくれよ!」 
       
      元はといえばレオナが全ての原因だというのに、そんな事は棚に上げぷりぷり怒り出してしまったレオナに、必死でお願いするポップには同情すら沸いてくる。 
       
      「う〜ん、じゃーこれ着てくれたらあ・げ・る♪」 
      そう言うと、一着のワンピ−スを取り出しポップへと手渡してきた。 
       
      淡い緑を基調に、細かな花の刺繍が襟や袖口に施されたシンプルなワンピ−スは、上等な生地を使い、流石はお姫様の持ち物といった感じだ。 
       
      「げ!?マジかよ!!」 
       
      こんな展開になるなんて、また姫の術中にハマってしまったのか!?そう思いたくなるほど、全てがレオナの思う道理に進んでいく。 
      小憎たらしいほどの笑みを讃えたレオナを軽く睨むと、無言でその服を握り締め、自分の服に手をかけた。 
       
       
      「……てか姫さん…悪いんだけど、ちょっとあっち向いててくんね?」 
      「なによ女同士でしょ?なに恥かしがってるのよ。」 
      上着のボタンを外し脱ごうと思った時、そんな自分を瞬き一つしないで見つめてくるレオナに、軽く照れ臭さを感じたポップだったが、レオナはそんなのお構いなしの様子だ。 
       
      「い、いや女同士って…とにかくちょっとでいいからあっち向いててくれよ!」 
      「うんも〜そんな照れなくったっていいじゃない!」 
      ぶつぶつ文句を言いつつ後ろを向いたレオナを確認すると、ごそごそと着替え始めた。  
       
       
       
       
      「あら〜!やっぱり思った通りすっごく似合ってるわよポップ君!!」 
      「あ、あんまり嬉しくねーんだけど…」 
      レオナに渡されたワンピ−スは実によくポップに似合っていた。 
      「このポップ君だったら、どこかの令嬢って言ってもわかんないわよねー♪ねぇ!今度の晩餐会それで参加したら?」 
      「はぁ!?なんでわざわざこんな格好しなきゃいけねーんだよ!」 
      「だってこっちのポップ君の方が上品で素敵だと思うのよねー。いつもはなんだか締まりが無いって言うか…」 
      「あーあー悪かったな締まりが無い顔で!!それよりもう満足しただろ?いい加減その解毒剤くれよ!」 
      散々な言われようだが、それだけ女性になったポップが綺麗だという事だろう。 
       
       
      「ねぇ!折角だから写真撮っといてあげようか?」 
      どこから取り出したのか、カメラ片手に笑顔のレオナがにじり寄ってきた。 
       
      「しゃ、写真!?そんなもん撮らなくていいから!!」 
      「いいじゃない、記念よ記念♪」 
      「いやマジでいいから!!や、やめろ〜!!」 
       
       
      パシャ☆ 
       
       
      ポップの叫びも空しくカメラのシャッタ−音が響きわたった。 
      きっと最初からこれも計算の内だったのだろう、こんなおいしい写真を手に入れたレオナが、一体どんな行動に出るのかなど想像もしたくはないが、想像できてしまうポップは悲しかった。 
      きっとこれからこの写真をネタに、無理難題を押し付けられるのだろう…。 
       
      (はぁ〜〜本当に勘弁してもらいたいぜ…) 
        
「ふっふっふ〜♪今度は誰に試させてもらおうかしら〜♪」 
      ポップとは正反対に、姫という仮面を被った悪魔は上機嫌だ。 
      カメラ片手に笑いが止まらないこの姫君の、次なるターゲットとして選ばれる者の事を考えると、そっと心の中で手を合わせるポップであった。 
       
       
       
       
        
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