| 恋人同士だからって、デートに連れて行ってくれないと嫌だとか、好きだとか愛してるとか言ってくれないと不安になるなんてあなたに言わないわ…。
         
  
      『メルルー!今度の休み一緒に海に行かないか?』 
『海ですか?いいですね、是非ご一緒させてください!』 
  
『これさぁ…プレゼント。髪飾りなんだけどメルルにすごく似合うと思って…』 
『えっ!私にですか?ありがとうございますポップさん!』 
  
『メルル…メルル…好きだぜ。大好きだメルル…』 
『ポップさん…私も、ポップさんが大好きです…』 
  
『…………』 
『マァム…?どうした?』 
『え!?あっ……なんでもないわ…』 
『…そうか…?』 
『うん…大丈夫…』 
  
でも……ほんの少し…ほんの少しでいいから、そんな事をあなたが言ってくれたら…私嬉しいな… 
       
       
       
       
       
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抜けるように真っ青な空に白い雲。 
一段と暑さを増した太陽が照り付けるここパプニカ王国は今“夏”真っ只中。 
  
日が昇って間もない朝の気温ですら茹だる様な暑さの中、太陽が昇りきる昼間の気温となれば、それはもう殺人的だと言ってもいい。 
  
そんな殺人的暑さの中、普段ならば暑い寒いといった理由だけでだらけたりしない城の兵士達も、流石に暑さに負けてぐったりしている。 
こんな日に鍛錬でもしようものなら、たちまち脱水症状を起こすか、熱中症になってしまうだろう。 
  
そんな事情もあり、今日の鍛錬は中止となった兵士達だったが、それはなにも兵士達だけに限った話ではなく、同じく鍛錬を日課としている私にも当て嵌まった。。 
  
  
  
「…それにしてもホントに今日は暑いわね…」 
そう言ってパタパタと手を動かし自分に風を送るものの、それは大した役にもならず、新たに浮かんだ汗が日焼けした肌の上を伝う。 
私は元々暑さに強いはずなのに、ここ最近は仕事が忙しく満足に食事ができなかったり、夜遅くまで書類と格闘していたため、少々お疲れモ−ドだった。 
  
この空いた時間を少しでも部屋で休ませてもらおうと思い、重い足取りで部屋へと向かったものの、ふと自室の前に誰かが立っているのが見えた。 
  
(…あら?あれは……ヒュンケル、ヒュンケルだわ!) 
  
遠目からでもよくわかる、がっちりした体格と銀色の髪。 
軽く腕を組み壁に凭れているその姿は、間違いなくヒュンケルだった。 
  
  
  
「ヒュンケルー!なにしてるのそんな所でー?」 
彼の姿を見た瞬間、重い足取りはどこへやら。 
笑顔で声を掛けると、私は小走りに彼へと近づいていった。 
  
「マァム……?!」 
ヒュンケルはヒュンケルで私に気付いたのだろう。 
普段は無表情で無愛想な彼だが、私の姿を見つけた瞬間、口元がほんの少し弧を描くように持ち上がったのが見えた。 
  
  
「どうしたのこんな所で?私に何か用かしら?」 
「あぁ、用というほどではないが少し…な、」 
「そうなの?だったら部屋の中ででも…」 
「いやここでいい。」 
自室へと続くドアノブに手を掛けた私だったけれど、やんわりとヒュンケルに止められてしまった。 
「少し聞きたい事があるだけだからここでもいい。」 
「そう?それならそうでもいいけど…。…で?私に聞きたい事ってなぁに?」 
小首を傾げてヒュンケルの言葉を待つ私。 
ヒュンケルはそんな私の目をじっと見た後、小さく口を開いた   かと思うと、すぐにいつもの様に口を結んでしまった。 
  
  
(…何か…言いにくい事かしら…?) 
  
口を結んだまま、更には視線を足元へと逸らしてしまったヒュンケルの様子に、私は彼が何かを言い迷っているよう気がした。 
  
こうなるとヒュンケルが口を開くまでに時間がかかるのを、私はよく知っている。 
  
それでも辛抱強く待っていれば、ようやく何かの覚悟を決めたのか、ヒュンケルがゆっくりと口を開いた。 
  
  
  
「マァム…その…突然なんだが、今度2人でホタルを観に行かないか…?」 
「……え?」 
待つ事数分、ヒュンケルから発せられた台詞はそんなお誘いの言葉だった。 
  
  
「ホ、ホタル…?」 
「あぁ、今度の休みにどうかと思って。」 
「ホ、ホタルだなんて……一体どうしたの突然?」 
「いや、どうしたという事はないが…あまり行きたくはないか?」 
「そんな行きたくないわけないじゃない!…只ちょっと突然でびっくりしちゃっただけよ!」 
ヒュンケルの言いよどんだ様子から、一体何を言われるかと思っていたのに、まさかこんな誘いだったなんて……! 
慌てて笑顔で大きく頷く私だったけれど、内心ひどく動揺していた。 
  
(ヒュ、ヒュンケルが私を誘ってくれた…!) 
  
ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるために、軽く深呼吸を繰り返す。 
  
ただホタルを観に行かないかと誘われただけなのに、どうして私がここまで動揺するのか、それにはちゃんと理由がある。 
  
それは私達2人が世間一般でいう恋人同士という関係にあるにも関わらず、付き合って半年近くなるのに、一度としてヒュンケルから何処かへ出掛けないかと誘われた事がなかったのだ。 
  
  
私だってこういった男女間の事に関して、あまり積極的な方ではないし、かなりの受身体質であるという自覚はある。 
でもヒュンケルはそんな私を更に上回る程の消極さのため、いざ恋人同士になったからといって、積極的にデートに誘ったりする人じゃない事も十分に理解していた。 
  
そういった事もあって、2人で何処かへ行こうと提案するのも、歩いていて自然に手を握るのも、キスのきっかけを作るのも、全部自分から行動を起こしていた。 
  
こういった事に常に積極的で、メルルのために、言葉で態度で愛を語る事ができるポップと比べたら可哀想だが、少しだけ、本当に少しだけでいいからヒュンケルもそうなってくれたら嬉しいな…と思った事がないわけじゃない。 
  
特に最近は恋人として付き合っているのかさえ疑問に思うほど、ヒュンケルからの言葉も態度もなにもないけれど、今の状態がヒュンケルにとっての精一杯である事がわかるだけに、それ以上を望むのは少し酷な事のように思えていた。 
  
        
そう、半分諦めていた私だったのに、まさかの突然のヒュンケルからの誘い。 
それはもう驚くってものじゃない? 
でも只驚いだけじゃなく、それと同時にじわりじわりと胸に嬉しさが込み上げてくるのを感じた。 
  
  
  
「……では一週間後に。夕方には迎えに行くから。」 
「えぇ!楽しみに待ってるわ!」 
軽く手を上げその場を後にするヒュンケルに、私は満面の笑みで頷いた。 
  
  
  
(あぁ…早く一週間が経たないかしら♪) 
  
なぜヒュンケルが突然ホタルを観に行こうなどと誘ってきたのか、少し気にはなるものの、その時は純粋にヒュンケルから誘われた嬉しさで、私はいっぱいだった。 
  
  
  
  
そしてそれから一週間後…… 
  
  
  
「うわ〜綺麗!!」 
  
目の前に広がる幻想的な光の乱舞に、私は思わず歓喜の声を上げた。 
  
  
そこは人里離れた深い森の中。 
ホルキア大陸の最南端に位置するこの森は、滅多に人が立ち入る事がないためか、豊かな自然がそのままに残っている、とても美しい場所だった。 
そしてそんな深い緑と共に存在する、滾々と湧き出る清らかな泉の辺を、無数のホタルが光を放ち飛び交っている。 
  
それはまるで夢のように美しい世界だった。 
  
  
「素敵…こんな光景、初めて見た…」 
「気に入ってもらえたようでよかった。」 
うっとりと光を見つめる私の様子に、ヒュンケルの表情がふんわりと緩んでいくのがわかった。 
それは私だけが知る、本当に愛しい者を見つめる時のヒュンケルの表情だった。 
  
そのまま2人、無言でホタルの瞬きを観ていると、1匹のホタルが群れから離れて私の元へと飛んできた。 
  
一生懸命羽根を羽ばたかせ、私の肩へと止まったホタルは、小さな体で力一杯光を放ち自分の存在を私に伝えている。 
  
  
「……そのホタル、おまえの事が好きみたいだな。」 
私の肩で光を放つホタルを見て、ヒュンケルが言った。 
  
「きっとおまえに少しでも想いが伝わるように、一生懸命光っているんだ…」 
命を懸けてな…と呟くヒュンケルの瞳が、ホタルからゆっくりと私へと移る。 
  
「……ホタルの寿命は一週間ほどしかないらしい。その短い間に、ホタルは食事も摂らずに一匹の運命の相手を見つけ、命を削って想いを伝える。そんな儚くも情熱的なホタルを、俺は羨ましいと思うよ…」 
薄く笑みを浮かべ、そう私に語りかけるヒュンケル。 
その瞳は笑っているのに、私にはどこか哀しげに見えたのは気のせいだろうか…。 
  
  
  
「……俺もホタルのようにもっと想いを伝えられたらいいのに…」 
「えっ?」 
返す言葉が見つからず、無言のまま立ち尽くしていた私に、ヒュンケルがぽつりと言葉を漏らした。 
それはとても小さな声だったけれど、私の心を揺さぶるのには十分な言葉だった。 
  
「ヒュンケル…今なんて?」 
もっと想いを伝える?誰に? 
心臓がドキドキと高鳴って手にじんわりと汗が滲む。 
  
「…もっと俺がおまえに想いを伝えていれば、おまえが哀しむ事などなかったのに。」 
今度ははっきりと聞こえた。 
  
「ヒュ、ヒュンケル、突然何を言い出すの?!私は…」 
私は今のままでも十分幸せよと、そう言いたかったのに、ヒュンケルの言葉がそれを遮った。 
  
「本当はずっと前から気付いていた。おまえがポップの姿を見て、それを俺に少なからず求めていたのを。俺もポップ程には無理でも、おまえが望むなら、言葉や態度で示してやりたいと思った……だがどうしても自分は人を幸せにする事などできないと、それどころかこれ以上愛を唱えれば不幸にしてしまうのではないかという思いが消えなかった……」 
「…ヒュンケル…」 
      「…未だ過去の自分に囚われたままではいけないと、哀しむおまえの顔を見る度に思うのに、それでもおまえに素直に愛を伝えるだけの勇気が俺にはなかった…」 
自分の小ささに反吐がでるよと薄く笑うヒュンケルからは、痛々しささえ感じられた。 
  
  
  
そう、ヒュンケルは気付いてくれていたのだ。 
今の2人の関係に満足していると言いながらも、私が本当はずっと寂しく思っていた事に。 
  
  
  
「……この場所を見つけたのは偶然だった。たまたま近くの村を訪れた時に、何かに呼ばれているような気がして来てみただけだったのだが、今思えばそれはホタルが俺を呼んでいたのかもしれないな。」 
  
過去に囚われたまま、愛する人になにも言えない、してやれない、そんな俺に少しでも伝える事の大切さと勇気を与えるために。 
  
その小さな身体と限られた短い生の中で、ホタルは命を懸けて愛する者へ愛を伝える。 
  
「その姿を見て、俺は愛を伝える素晴らしさを学んだよ。そして同時に、どうしてもこのホタルの姿を、おまえに見せたくなった…」 
だから今日ここへおまえを誘ったんだ…と言うヒュンケルの言葉に、どんどん私の不安だった心は溶かされていく。 
  
だがそれと同時に、ずっとヒュンケルも私の事で悩んでいたのかと思うと、心が締め付けられた。 
ずっと自分との関係に悩んでいたヒュンケルの想いに気付いてあげられず、それどころか愛されていないのかも…と不安に思っていた自分に腹がたった。 
  
  
  
私の肩に止まっていたホタルがぽぉっ…と小さく光る。 
この光で照らされた今の私の表情は、驚きと嬉しさと自分への怒りが混ざった、とても複雑な表情をしていただろう。 
  
そんな私を、ヒュンケルは大きな腕で包み込んでくれた。 
そして耳元で、はっきりと聞こえる声で言ってくれた。 
  
  
  
「…マァム…今日、改めておまえに伝えたい。おまえが好きだと、愛していると。もう二度と寂しい思いはさせない。この命尽きるまで、おまえを愛しぬくと誓うよ。」 
「ヒュンケル…!!」 
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で何かが膨らんだかと思うと、それは一気に瞳から溢れでた。 
       
      それは今まで私の中で閉じ込めていた思いが溢れ出るかのように、次々と頬を通りヒュンケルの服を濡らす。 
  
「……っ本当は、ずっと不安に思ってた…」 
ヒュンケルの胸に顔を埋めたまま私は言う。 
恋人同士だというのに愛を感じられない寂しかった日々の事。ポップ達を羨ましく思った事や、愛されていないのではないかという不安。 
  
涙ながらに語る私を、ヒュンケルはただ黙って聞いていてくれた。 
  
目を閉じたまま無言で私の言葉を噛み締めるように聞いていたヒュンケルだったが、その腕はしっかりと私の背を強く抱き締めていてくれた。 
その優しくも温かな抱擁に、私は全ての不安が溶けていくのを感じた。 
  
  
        
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ホタルを観た帰り道、私達はお互い帰ろうとは言わなかった。 
  
本当の意味で想いが通じ合った今、もっと深くお互いを感じたいと思った私達は、丸い月が空高く昇っても、固く握った手を離す事ができなくて、近くにある小さな村の宿屋に泊まることにした。 
  
        
        
      通された部屋は全体的にこじんまりとしていて、家具といえばベッドが2つと、サイドテーブルと椅子にちょっとした箪笥が置かれただけのシンプルな部屋だったが、窓からは自然豊かな景色がよく見えて、とても温かみを感じられる部屋だった。 
  
私達以外に泊り客もいないためか、或いはもう皆寝静まってしまっているからか、辺りからは物音ひとつしない。 
  
そんな静寂の中、唯一自分達の耳に聞こえてくる音といえば、それはお互いの息遣いだけだった…。 
  
  
「…っん…」 
  
部屋に入るなり私達は互いに強く抱き締めあった。 
そして交わされる口付け。 
本当の意味で想いが通じあった今、私達は身体の奥深くに眠る熱を我慢する事ができなかったのだ。 
  
ヒュンケルの首へ腕を巻きつける私の背に、両腕が回り強く引き寄せられる。 
  
「……んっ…んんっ……!」 
深くなる口付け。 
角度を変え、息が出来ないほど深く何度も何度も口付ける。 
  
こんなにも熱っぽい口付けをされたのは初めてかもしれない。 
  
いつだってヒュンケルは私の顔色を確かめ、少しでも私が不快な思いをしないようにと、おそるおそる口付けをしていたのに、今日はまるで別人だ。 
  
抑えられない程の熱を身体に纏い私へと触れてくるヒュンケルに、私の身体からも熱が溢れ出てくる。 
薄い布地越しに感じるヒュンケルの体温が、燃えるように熱いと感じたのも初めてかもしれない。 
  
「っあ……!!」 
  
そんな熱に浮かされた状態で口付けを交わしていたせいか、気が付けば私達は縺れ込むような形で2人一緒にベッドへと倒れこんでいた。 
  
  
  
  
「…っん…ヒュンケル…」 
シミひとつない、真っ白なシーツの上に、私の桃色の髪が散らばる。 
その散らばった髪にも、愛おしそうに口付けを落とすヒュンケルの横顔を、私は今までに無いほどの胸の高鳴りと一緒に見つめていた。 
  
なにもこの行為自体が初めてというわけではない。 
今までにだって数回だがヒュンケルとの間で交わされてきたこの行為だったが、今日はなんだかいつもと違い、ドキドキと興奮が私の心をいっぱいにしていた。 
  
  
その時ふいにヒュンケルが顔を上げた。 
  
どこまでも吸い込まれてしまいそうな深い紫の瞳に私を映し、そして問い掛けてくる。 
  
“大丈夫か?”   と、 
  
どんなに熱に犯されていたとしても、ヒュンケルは私を気遣う事を忘れない。 
そんな優しいところもヒュンケルの長所だと思うけれど、今日だけはこのまま熱に流されてしまいたかった私は、返事の変わりに自分からヒュンケルを引き寄せ口付けをした。 
  
  
「マァム…!?」 
一瞬驚いた表情をしたヒュンケルだったが、すぐにそれは笑みに変わると、ゆっくりと私へと覆い被さってきた。 
  
  
「…っん…」 
もう一度深く口付けてから、ヒュンケルの手が私の服へと伸びる。 
するりと私の腕を通って床に落ちていく服。 
何も身につけていない素肌の上を、熱いヒュンケルの掌が私を包み込むように触れてくる。 
  
丸い肩の形を確かめるように撫ぜた後、そのまま下へと降りた掌がわき腹を通って腰で止まったかと思うと、下から掬い上げるようにして私の胸へと触れてきた時、私の口から甘い声が漏れた。 
  
  
       
      「はぁ、あぁっ………!」
      強弱をつけゆっくりと揉みしだく刺激に反応して、しっとりと汗ばむ私の肌が桃色に染まる。 
そんな両胸に顔を埋め愛撫するヒュンケルの顔を、今は見る事はできないが、いつもよりも強く、でも優しく愛撫してくれるヒュンケルに、私はどうしようもない程欲情してしまう。 
でもそれは私だけでなくヒュンケルも同じだった。 
聞こえてくる息遣いも、触れる体温も今までにない程彼が興奮しているのがわかる。 
互いに早くひとつになりたいという思いが膨らみ、それは荒波のように私達を飲み込んでいく。 
  
  
  
「んんっ……ヒュンケル…私もう…ああっ――!!」 
その熱にたまらなくなって声を上げた瞬間、ヒュンケルが私の中へと押し入ってきた。 
まるで雷に打たれたかのような衝撃に、限界まで見開いた私の瞳から涙が溢れたが、それは痛みからでも、嫌悪感からでもない。 
いつもの優しい、私を庇う様に抱くヒュンケルからは想像も出来ないほど荒々しいものだったが、男性として私を愛する想いの全てをぶつけてくれるヒュンケルの姿に、堪らなく愛しさが込み上げた想いが涙として流れただけの事。 
  
「あっあんっ!!………ヒュンケル   !!」 
「はっ……マァム……!」 
  
互いの背に腕をまわし熱く口付けを交わす。 
私の大好きな、宝石のように綺麗な瞳は閉じられているけれど、それでもヒュンケルの全身が私を感じているのが伝わってきて、私の中の熱が爆発しそうだった。 
  
もっとヒュンケルに触れたくて、感じたくて、私は夢中になってヒュンケルの腰に足を絡ませる。 
      そんなのはしたないと言われるかもしれないが、この時の私達は本当に無我夢中だった。 
  
  
何度となく迎えた熱い熱に、私はその晩いつ眠りについたのか記憶にない。 
  
  
  
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ふと目を覚ました時、私は暖かな腕に包まれていた。 
窓から差し込む光が青白いところを見ると、夜明けが近いのだろう。 
  
(っん……私……昨日は……) 
寝起きのあまり見えない目を擦りながらも、私は包む腕に視線を落とした。 
  
  
(……そっか…昨日は私ヒュンケルとあのまま……) 
  
回らない頭でもよく覚えている昨日の出来事。 
初めてヒュンケルに誘われ観たホタルとヒュンケルの告白。 
そしてその後は……思い出せば思わず赤面しそうになってしまう事だけど、今はそれ以上に私を包んでくれているこの腕の主の事を考えてしまう。 
  
  
(……そういえばヒュンケルの寝顔見るの、初めてかもしれない……) 
頬にあたる銀色の髪に軽く触れながら、私はふと思った。 
一緒に朝を迎える事が初めてというわけではないけれど、こんな風にヒュンケルの寝顔を見る事は無かった様な気がする。 
だってヒュンケルはいつも私より先に目を覚まし身支度を整え、私が起きるのを待っていてくれていたのだから。 
それを表立って寂しいとは言わなかったけれど、やっぱり私はそんなヒュンケルの行動に恋人としての寂しさを感じていた。 
  
でもそんなヒュンケルが今は私を腕に抱いたまま静かに眠っている。 
優しくも力強く私を抱き締め眠るヒュンケルの、その安らかで満たされた表情を見ていると、私の心まで温かな気持ちで満たされていく。 
  
あぁ…私はヒュンケルに愛されていると、心で身体で感じ、私はもう一度瞳を閉じる。 
  
  
きっと次に目覚めた時、私達2人の関係は随分と変わっているだろう。 
それがどう変わっていくのかはまだわからないけれど、もしかして今のように幸せだけじゃないかもしれない。 
でもヒュンケルと一緒ならきっと幸せになれると私は信じている。 
  
夜明けまでもう少し、それまでこの温もりに包まれていたくて、私は小さくヒュンケルへ口付けを落とすと眠りについた。 
       
       
       
      END 
       
       
       
       
        
       
       
       
       
       
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