ある人里離れた深い森の中に、一人の魔女が住んでいました。 
       
      この魔女、齢100歳を超えようという老婆ですが、年甲斐もなく未だに10代の娘が着るようなセクシ−でド派手なファッションで身を包み、更には自分よりも美しい者はいないと轟々する程の自信家でした。 
       
      そんな自意識過剰な魔女は、深い皺が刻み込まれた顔に真っ赤なルージュと真っ青なアイシャドウを塗り、耳には大きなゴ−ルドのイヤリングを付けるというセンスの欠片もない化粧を施し、今日もご機嫌で水晶を覗き込んでいました。 
       
      「うふふふ〜今日も素敵な男性はいるかしら〜ん?」 
      しゃがれ声で呪文を唱えると、水晶には一人の若い男性が映し出されました。 
       
       
      「ん〜、まぁまぁってとこかしら。でもちょっと鼻が低いわね、パス!」 
      そう言うと再び呪文を唱え、今度は違う男性を水晶に映し出していく魔女。 
       
      実はこの魔女には夢があり、いつか自分にぴったりな超が付く程のイケメン王子と薔薇色の甘い生活をおくるという、なんとも無謀で乙女チックな夢を見続けていました。 
      その為こうして毎日世界中の良い男チェックに精を出していたのです。 
       
       
      「ふ〜…アタシ程の美女になると、中々釣り合うだけのイイ男はいないものよねー」 
      身の程を知れと言ってやりたいところですが、そこは自意識過剰な魔女です。 
      現実をまったく理解していない状態だからこそ言える台詞ですが、かなりの面食いである彼女のお眼鏡に適う男性はなかなか現れません。 
       
      それでも好みの男性を探す事数時間、ようやく彼女好みのドストライクど真ん中な美青年が見つかりました。 
       
       
      「ちょっとなにこの男!超私好みのイケメンじゃない!!」  
      興奮して鼻息も荒い彼女が覗き込む水晶には、一人の銀髪の青年が映し出されていました。 
       
      「本気でカッコ良いわねぇ〜彼の名前はなんていうのかしら…」 
      「は、この男の名はヒュンケル。パプニカ王国に住んでおります。」 
      うっとりとヒュンケルを見詰める魔女に水晶が答えました。 
       
      「ヒュンケル…ヒュンケルというのねぇ…。あぁ…何十年と探してようやく見つけたアタシの王子様ヒュンケル…!」 
      そう言うと更に食い入るように水晶を覗き込んだ魔女でしたが、なんとそこに映し出されたのはヒュンケルではなく、桃色の髪をした少女でした。 
       
      「だ、誰!?誰なのこの女は!!」 
      「は、こちらはヒュンケルの恋人でマァムという娘でございます。」 
      「こ、恋人ですって〜!!!」 
      淡々とした口調で答えた水晶でしたが、次の瞬間ものすごい勢いで床へと叩きつけられてしまいました。 
       
      「恋人だなんて信じられないわ!こんなブサイクな女より数万倍も綺麗なこのアタシの方がヒュンケルに相応しいはず!!」 
       
      そうきっぱりと言いきる魔女に、自意識過剰にも程があると言いたいところですが本気で自分が世界一美人だと思っている彼女には言ったところで無駄というものです。 
       
      「あの女今すぐ!!ヒュンケルから別れさせてやる!!」 
      そう叫ぶと床に叩きつけた水晶を今度は思いっきり蹴っ飛ばし、慌しく家を飛び出して行きました。 
       
       
       
      ************************* 
       
       
       
      所変わってパプニカのとある庭園。 
      ここでは久しぶりのデートを楽しむヒュンケルとマァムの姿がありました。 
       
      綺麗に手入れされた園内を、仲良く手を繋ぎゆっくり散歩する2人でしたが、なんと突然見知らぬ老婆が立ち塞がりました。 
       
      全身スパンコ−ルのようなド派手な衣装と、衣装に負けないぐらいゴテゴテハデハデな厚化粧をした老婆は、ちょっとやそっとの事で驚いたり慌てたりする事がない2人をも驚かせるほどの異様な出で立ちだったのです。 
       
       
      「え、えっと…どちら様でしょうか…?」 
       
      突然目の前に現れたこの老婆に、マァムは恐る恐る声を掛けてみましたが、老婆はそんな言葉聞いていないのか、マァムに対してやたらと頭に響く金切り声で叫びました。 
       
      「ちょっとアンタ!!今日からアタシがヒュンケルと付き合うんだから別れてちょうだい!!」 
       
      そんなむちゃくちゃな事を言うと、渾身の力を込めてヒュンケルの手を握るマァムを突き飛ばしたのです。 
       
      「きゃっ!!」 
      「大丈夫か!マァム!」 
      いきなり突き飛ばされ驚いたマァムでしたが、たかだか魔女一人が渾身の力で突き飛ばしたところで武道家はびくともしません。 
       
      それどころか突き飛ばされたマァムを庇う様に抱きしめたヒュンケルに対し、魔女は怒りを露にして怒鳴りつけました。 
       
      「まったくなんなのあんた!!いいわ、今日はあんた達を別れさせに来たんだもの、これでもくらえーー!!」 
      そう言うとラメギラギラの悪趣味なステッキを取り出し、マァムに向かって怪しげなビームを放ってきたのです。 
       
      「きゃー!!」 
      「何をする!やめろー!!」 
      必死でマァムを庇うヒュンケルでしたが、なぜか魔女の放ったビームはヒュンケルの身体をすり抜け、マァムへと直撃してしまったのです。 
       
      「マァム大丈夫か!!」 
      直撃したビ−ムはあれよあれよという間にマァムを包み込むと、なんとマァムを皺シミだらけの超ブサイクなデブデブ女へと変えてしまったのです。 
       
      「な、何よこれー!!ひどいわー!!」 
      あまりの自分の変貌振りに、マァムはショックで泣き崩れてしまいました。 
       
      突然現れたかと思えば意味不明な事を叫ぶ老婆によって、普段の元気で愛らしい桃色の髪の少女は跡形もなく綺麗さっぱり姿を変えられてしまったのです。 
       
       
      「ホーホホホ!!この魔法はかかったが最後、一生このままなのよ!!」 
      「貴様…!女だからと甘くみていたが…許さん!なぜこんな事をした!?」 
      上機嫌で高笑いする老婆に、怒りを露にしたヒュンケルが睨みつけます。 
       
      「うふふふ…それはね、アタシがあなたに一目惚れしちゃったの…。だからあなたといるあの女が許せなくって魔法をかけてやったのよ。あの魔法は一度かけたが最後、とける事はないわ。 だからあの女は一生あのままの姿ってわけ!あー愉快愉快!!」 
      そう言うと心底嬉しそうに魔女は笑います。 
       
       
      「ヒュ、ヒュンケル…私…一生このままなのかしら…」 
      普段からは想像できないほど弱弱しい声でマァムが呟きます。 
      「マァム…大丈夫、きっと元に戻る方法があるはずだ。」 
      そう言い励まそうとするヒュンケルでしたが、とんでもない姿に変えられてしまった上に一生このままという言葉がマァムに大きなショックを与え、彼女を塞ぎ込ませてしまいました。 
       
      「ヒュンケルも…こんな私…嫌よね…嫌いに…なっちゃうわよね…」 
      「マァム…!俺が人を外見だけで判断すると思っているのか?」 
      「思っていないわ!でも…でも…こんなにもひどいのよ私!!」 
      死んだ魚のように濁った瞳に、大粒の涙を溜めてマァムは叫びます。 
       
      「俺はマァムを外見で好きになったわけじゃない、マァムの暖かく優しい慈愛に満ちたその心に惹かれたんだ。」 
      「ヒュンケル…」 
      そう言うと優しくマァムを抱きしめそっと耳元で呟きました。 
       
      「愛しているマァム…」 
      「ヒュンケル…嬉しい…ありがとう…///」 
      愛する男性に薔薇色ム−ド満点に囁かれ、マァムはもううっとりです。 
      見た目の醜さなど2人にとってはなんの障害にもならないとわかった瞬間でした。 
       
       
      「ふ、ふん!なによあんた達!!ヒュンケルもそんな醜い女が好いだなんて趣味悪過ぎよ!!」 
      自分の事を棚に上げての発言ですが、完全な自分達だけの世界へと突入してしまった2人にはまったく聞こえていません。 
       
      「どんなに見た目が変わろうと、心がマァムであれば俺はお前をこれからも変わらず想っている。」 
      ものすごいくさい愛の言葉も、美形なヒュンケルが呟けば不思議と絵になるものです。 
       
       
      「完全にアタシを無視して〜!!もういいいわよ!あんた達なんかに付き合ってらんないわ!!」 
      そう捨て台詞を残して魔女はさっさと帰って行ってしまいました。 
       
       
      庭園に2人残されたヒュンケルとマァムは、まるで嵐のように去っていった魔女に気付くことなく、2人だけの世界へとどっぷり浸かったままです。 
       
       
      「ありがとうヒュンケル…でも本当にこんな私でも良いの?」 
      「何度も言ったはずだ、外見など気にしない。心がお前のままならそれで良い。」 
      真実の愛とは正にこういう事を言うのでしょう……。 
       
       
      こうしてマァムにかかった魔法は解けないままでしたが、2人は仲良く城へと戻って行きました。 
       
       
       
       
       
       
      「ちょ、お前マァムか!?どうしちまったんだよその姿は!!」 
      城に戻った2人でしたが、マァムの変わりように友人であるポップは腰が抜けるほど驚きました。 
      元が良かっただけにこの醜さはあまりにも酷過ぎたのです。 
       
      ですがそんなポップを余所に、当事者であるマァムは涼しい顔で言いました。 
       
      「私…悪い魔法をかけられちゃったの。それで一生この姿のままだって言われたけど、ヒュンケルがこのままでも良いって言ってくれたから、こんな姿だけど気にしてないのよ?」 
      「お前達が気にしなくても俺がするんだよーー!!」 
      血の涙でも流さんばかりにポップが叫びますが、マァムはきょとんとしたまま「どうしてポップが気にするの?」と首を傾げているだけです。 
       
      自分の初恋の人として、ポップはマァムに特別な感情を抱いていたのですが、鈍いマァムにわかるはずもありません。 
       
      「このままでもいいわよー」と何度も繰り返すマァムを無視して、美しき初恋の少女を取り戻すべく、この後ポップは死ぬ気で魔法を解く方法を探すのでした。 
       
      そして数日後、無事に魔法が解けたマァムは今まで通り、元気で愛らしい少女へと戻ったのです。 
       
      めでたしめでたし。 |