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       「あつい!!」  
      今日も今日とて大量の書類に囲まれたレオナが不機嫌な声で叫んだ。 
        
      「こんなに暑くちゃ仕事なんて捗らないじゃない!!」 
      机の上に置いてあったアイスティ−を一気に喉に流し込むも、額から吹き出る汗に一層不快感が増す。 
        
      「…しょうがねーって姫さん。今パプニカは夏なんだからよー」 
      そんなイライラの絶頂であるレオナの横で、これまた大量の書類に囲まれているポップがやれやれと首を振る。   
         ここパプニカは一年を通して比較的温度差のない、温暖な気候を保った土地だ。 
      しかし短くではあるが四季もちゃんと存在し、今は一年で一番暑い夏を迎えていた。 
         
      「…まったく、こういう時の為に夏季休暇ってものがあるんじゃないの!?」 
      「…この書類を目の前にしてよく“休暇”なんて言葉がでてくるぜ…」 
      ちらっと積まれた書類の山に目を向け、あまりの多さに眩暈がしそうだ。   
        
   先の大戦から早一年。 
  
勇者ダイが数ヶ月前無事に帰還を果たし、人々は魔王軍によって崩壊した国や町の復興に全力を尽くしていた。 
      大魔王から地上を守った勇者一行も、ここパプニカを中心に復興活動に追われていたのだが、いかんせん人が足りなさ過ぎる。 
        
      更にレオナはここパプニカの王女だ。 
      連日連夜度重なる会議と書類に追われたレオナに、更に真夏の暑さまでもが加わりかなり限界が近づいている。 
        
      「…ほんっとうにいい加減にしてほしいわ…!!この書類の山といい、この暑さといい!!」 
      握っているペンがギリギリと音を立てながら、今にもへし折られてしまいそうな勢いだ。 
      そんなレオナを横目に、これ以上刺激をしないように黙って書類に目を通していたポップだったが、ふと扉の向こうに人の気配を感じた。 
        
      ・・・コンコン! 
  
      それと同時に控えめに扉をノックする音が聞こえ、彼らがよく知る女性がニッコリと微笑みながら室内へと入ってきた。  
      「姫、ポップさん、お仕事お疲れ様です。冷たいお飲み物をお持ちしましたので、きりのよい所で休憩にされませんか?」 
「お、メルル!グッドタイミングだぜー」 
      「あら!ありがとうメルル♪気が利くわね〜」 
      先程までの重苦しい空気とは一変、一気にお茶タイムへと頭のスイッチを切り替えた二人は、メルルが持ってきた冷たいアイスティ−とケ−キに手を伸ばす。 
        
      「しっかしやってもやってもなかなか終わんねーよなーこの書類……」 
      アイスティ−片手に、恨めしげに書類の山を見たポップがボソリと愚痴を漏らす。  
      「まったくよ!それにこの暑さもホント嫌になっちゃうわ!世間ではこの時期、夏季休暇とかで海とか山とか遊びに行ったりしてるんでしょー? 
      立場上仕方が無いかもしれないけど、ちょっとは息抜きしないとこっちが参っちゃうわよ!!」 
      確かに身体を壊してまで仕事をしては元も子もない話である。 
        
      「……その事なんですが、実はアポロさん達がこの書類が終われば一段落つくからと、姫やポップさん、他の皆さんにも休暇をとって頂こうかとおっしゃっていましたよ  」 
        
      「「なんですって(だって)!?」」 
だからお仕事頑張ってください   と、言う前にメルルはすごい力で肩を掴まれてしまった。 
  
      「今、休暇って言ったわよね!?この書類さえ終われば休みを取れるってこと!?」 
      「ほ、ほんとかメルル!本当なんだよな!?」 
      「は、はい…、先程他の方にも伝えてきました。皆さんとっても喜んでいらっしゃいましたよ…」 
      二人のあまりの迫力に、元々大きかった瞳を更に大きくしたメルルがこくこくと頷く。 
        
      「…ポップ君…、やっと私達も休暇が取れるらしいわよ!」 
      「あぁ!!そうと分かればこんな書類さっさと終わらせてやるぜ!!」 
         
         俄然やる気を出した二人の働き振りは凄まじかった。 
         
      なんだ本気を出せばできるじゃないか・・・と、いうほどのスピ−ドで書類を仕上げていった二人は、当初の予定より2日も早く『休暇』というものを手にいれた。  
         
        
   場所は変わってここベンガ−ナの港に、数日前晴れて休暇を貰ったダイ、レオナ、ポップ、ヒュンケル、マァム、メルルの姿があった。 
目指すはベンガ−ナにあるデパ−トだ。 
        
      「やっぱり夏って言えば海よね〜♪そうそう、海と言えば水着!折角だから皆で新しい水着買いに行きましょうよ!!」 
      そんな王女レオナの提案により皆で水着を買いにきたのである。 
        
         
      「きゃー♪見て見て!!これすっごく可愛い!!」 
      水着コ−ナ−に着くや否や、有無を言わさぬ勢いでダイを引きずりレオナは早速気に入った水着を片手に試着室へと入って行ってしまった。  
      「ねぇーねぇーダイ君〜♪この水着なんてどう?白ワンピ−スでフリルも付いてて可愛いと思うんだけどー?」 
      「……ふ〜ん……いいんじゃない…」 
      「でもでも〜!ちょっと子供っぽ過ぎない?それよりもこっちのビキニ!!黒で大人っぽくセクシ−にしてみようかしら〜」 
      「……ん〜どっちでもいいかな〜」 
      とっかえひっかえ何着も試着しまくるレオナをよそに、あまりこういった物に関心のないダイは曖昧な返事をするだけで、目線は海で使う遊び道具コーナ−に注がれていた。  
      「ちょっとダイ君!少しは反応しなさいよ!!ポップ君なんてあんなに真剣にメルルの選んであげてるっていうのに、少しは見習いなさい!!」 
      「えぇ〜!?ポップを見習うって嫌だよ俺―!あんな鼻の下伸ばしたりなんかしちゃってさぁ〜」 
      ビシッ!とレオナが指差す方向には、恋人メルルの水着を選ぶポップの姿があった。 
        
「なぁ〜メルル♪これ!!これなんて好いんじゃねぇ??絶対似合うって!!」 
      「で、でもポップさん…これビキニじゃないですか…。私…恥かしいので、できれば極力控えめな物がいいんですが…」 
      「なに言ってんだよ!!いつもかっちり着込んでるメルルも好いけど、こういう時はパッと開放的にならないと!!」 
      「…で、でも…やっぱり恥かしいです…///」 
      「……じゃ、じゃーこれ!!これならワンピ−スで可愛いと思うぜ!!」 
      「…ポップさんこれ…確かにワンピ−スですけど…後ろ…お尻が見えてしまいそうなほど大きく開いているんですが…」 
      「そこが好いんじゃないか!!あからさまな露出よりも、そういった意外な場所の方が男はグッくるもんなんだよ!!」 
      「は、はぁ…(グッてなに…?)ですがちょっと私には……///」 
      メルルの希望などまるで無視し、明らかに個人的好みを押し付けてくるポップは、とても大魔王を倒したパーティ−の一員として、人々から尊敬や憧れを抱かせる存在になったとは思えないほど、鼻の下を伸ばし緩みきっただらしない顔をしていた。 
   
      「……ダイ君、さっきの発言は訂正させてもらうわ。ポップ君みたいにはならなくていいから、ヒュンケルを見習ってもらえるかしら?」 
      「ヒュンケルを?」 
      天才大魔導師からただのエロ親父へと変貌したポップの横で、ヒュンケルはマァムと二人並んで水着を見ていた。 
        
      「こんな機会も滅多にないし、折角だから私ヒュンケルに選んでほしいなって思ってるんだけど・・・」 
      「…そう言われても俺は今までこういった物を選んだ事がないからな…果たしてうまく選べるかどうか自信がないのだが…」 
      「そんなの気にしなくていいのよ。ヒュンケルが好いなって思ったのならなんでもいいから。因みに私はビキニなんか動きやすくて好きだけどヒュンケルは?」 
      「う〜ん、悪くはないと思う  が、ちょっと腹部を露出し過ぎてはいないか?」 
       
      活発なマァムらしい水着の選択基準だが、どうやらヒュンケル的には腹部露出はNGらしい。 
      「え?そ、そうかな…動きやすくて良いと思うんだけど…」 
      「…腹を冷やすのはあまりよくない。」 
      「う…んわかったわ…。じゃあこっちは?こんな感じのワンピ−スは可愛いと思わない?」 
      「そうだな…だがちょっと足を露出し過ぎではないか?」 
      「えぇ?あ、足って…水着は足が出るものじゃないの?」 
      「…いくら真夏とはいえ、海に入るとなると素足では冷えるかもしれない。」 
       
      これまたヒュンケルから足が露出するという理由でNGが出てしまった。  
      「……ぅ……そ、それならパレオ付きのワンピ−スは?寒い時は腰に巻けばいいし柄も豊富で綺麗よ?」 
      「…あぁ、確かにそういった物があった方が良いと思う―――あとは、鎖骨や首の辺りを覆っている物はないのか?」 
      「えぇぇ!?さ、鎖骨に首って、普通水着は鎖骨や首を覆ったりしないわよ!?」 
       
      鎖骨や首にまでNGを出されては、水着の意味がない…そう思ったマァムだったが、ヒュンケルは至って真剣な表情で答えた。  
      「…海の中ではどんな危険が潜んでいるかわからない。特に人間は首に傷を負うと致命傷にならないとは限らないからな、できるだけ隠しておいた方がいい。」 
      「う〜〜ん、でもそんな水着なんて多分ないと思うの…近いところでウエットスーツっていう、全身を特殊な厚手のゴムで覆った物があるけど…それは保温性にも優れてるし外傷からも身を守ってくれる良い物だけど……正直見た目はちょっと…って感じかな〜」 
       
      初めて好きな人と行く海なのに(2人っきりではないが)その時の自分の姿が全身黒タイツ状態では悲し過ぎる。  
      「…ん…ウェットスーツは嫌か……俺的には見た目よりも、保温性に優れ皮膚への外傷をも防いでくれるそのウェットス−ツを選びたいのだが…」 
      「……っぅ……た、確かにヒュンケルに選んでもらったのならなんでも良いって言ったけど、できれば他のにしてもらいたいな……だってそれ私には似合わないと思うし…」 
      「大丈夫だ。マァムは何を着ても似合う。」 
      「っな……!ウ、ウエットス−ツなんて似合うって言われても嬉しくないわよ!」 
       
      こんなにも沢山可愛いデザインの水着があるのに、なにが悲しくてウェットス−ツなんか着なければいけないのか…。 
       
      しかもそれが好きな人からのリクエストだと思うと尚更悲しい…。  
      「ど、どうしたマァム!何か俺が気に触るような事を言ったか?」 
      突然怒り出したマァムに、意味がわからないヒュンケルはただただオロオロするばかりで、一向にその理由には気付かない。 
      これでは魔剣戦士と呼ばれ恐れられていた者として情けなさ過ぎる…。 
          
      「……ごめんなさい。私が間違っていたわ。やっぱりダイ君はそのままでいてちょうだい。」 
      「でしょ?俺が一番普通だと思うんだよねー」 
      「えぇ。ポップ君は論外、ヒュンケルもいくらなんでも乙女心ってモノを分からなさ過ぎだわ!」  
      ちょっとぐらい反応が少なくてもあの2人よりずっとマシ。 
そう思いながらもう一度水着選びに没頭し始めたレオナの横で、ダイは小さくため息を吐いた。 
  
あんなにも休暇!休暇!と騒いでおきながら、今日一日ベンガ−ナのデパ−トから外に出られなかった自分達は、貴重な休暇を無駄にしてしまったような気がする。 
窓の外で日が沈んでいくのをぼんやり眺めながら、まだまだ帰る気配をみせない5人を余所に、明日こそは有意義な一日になりますようにと願うダイであった。 
       
       
       
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